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昨日、吉祥寺の伊勢丹が閉店した。 閉店後のセレモニーで、吉田栄一店長はこんな言葉を残し、蛍の光の音楽とともにシャッターの背後に消えていった。 「三十八年間、地域に育てていただいた。従業員の思いは『I LOVE 吉祥寺』です」 このニュースを見たとき、ついうるっときた。 伊勢丹吉祥寺店が誕生した年の4月に、私はこの店の最寄りの地に引っ越してきた。 伊勢丹吉祥寺店がオープンしたのは、その年の、たしか夏近くだったと思う。なぜなら、伊勢丹に初めて足を運んだオープン直後の週末は、よく晴れた明るい暖かい日だったから。 私は、母と伯母、兄と従兄と連れ立って伊勢丹に足を運んだ。ものすごい混雑ぶりで、店に来た人みんなが嬉しそうな顔をして、店内をきょろきょろ見回していた。当時としては、ちょっとリッチでハイソな雰囲気の店構えに「素敵!」と興奮したのをいまでもよく覚えている。 吉祥寺伊勢丹と私は、吉祥寺という街において、ほぼ同じ歴史を歩んできたのだ。だからこそ、思いがひとしおだったのだと、改めて気づかされた。 以前、私は当ブログ「愛なき者は去れ」の記事の中で、伊勢丹吉祥寺店の、吉祥寺の街と人と、仕事に対する「愛」の欠如を嘆いた。その伊勢丹吉祥寺店が遺した言葉が『I LOVE 吉祥寺』だったとは皮肉なものだ。 そのときの記事がこれです → http://raspberries.at.webry.info/201002/article_3.html 閉店セールでは、買い物客にクッキーが配られたという。 「この街に、ひとに。たくさんのありがとう」というメッセージが入っていたという。 もっと早く、この気持ちに気づいてくれていたら、もう少し結果は違ったものになっただろうに・・・。 伊勢丹って、いつの間にか私の中では「見てくれだけ気取った、頭の高い、軽いイメージの、顧客を顧みない企業風土の百貨店」というものに成り下がっている。 そこに至るには、いくつかの経験があった。 私は20歳代半ばを過ぎた頃、暇なときは週3、4回も吉祥寺に通っていた。 フリーになってある程度時間の融通がきく状態になったとき、その前何年間か馬車馬のように働いた反動で、かなり時間にルーズな生活を送っていた。 深夜から明け方まで実家で仕事をして午前中に睡眠をとる。午後2時頃起き出して、朝食を摂るともう夕方。ここから自転車でひとっ走り吉祥寺にウインドウショッピングに出るのだ。 まず、自転車を駐輪しやすい近鉄をぶらつき、次は伊勢丹。最後は必ず東急の最上階にあった書店で閉店時間を迎える。なぜなら、東急は閉店時間には必ずエスカレーターの両側に店員が立ち、各階で「ありがとうございました」「またのお越しをお待ちしております」と深々と頭を下げて見送ってくれたから。店の出口には、案内嬢のほか、店長だか副店長だかといった風の偉そうなオジサマまで立って見送ってくれた。 もともと人と交わるのが苦手な性格だったし、その頃、仲のいい友達は次々に結婚して遊ぶ相手もいなければ、彼氏もいなかった当時の私・・・。下手すれば、1か月くらいフツーに、仕事と家族以外で人と口をきくことはなかったような生活をしていたわけで・・・(^^ゞ。そんなとき、東急でにこやかに挨拶してもらうと、それだけで何だかとてもいい気持ちになれて、その夜、頑張って仕事をしようという気になれた。 (うっ、なんてサビシイ青春なんだろ・・・書いてて情けなくなってきた )東急に比べて伊勢丹は、閉店のお見送りが実におざなりだった。 エレスカレータ前にお見送り要員が立つのは、何階かに1人くらいの確率でしかない。売り場の中を横切っても、店員は商品整理の手を休めることなく、頭だけ軽く下げて「ありがとうございました」と軽く言うだけだ。東急なら、きちんと手を止めて最敬礼してくれた。 また、伊勢丹吉祥寺店の正面出口では案内嬢が慇懃に見送ってくれるのだが、私が主に使っていた裏口には警備員が早く帰れとばかりに睨みをきかせながら会釈するだけでお見送りすらない。 これじゃあなんか寂しい。店に「愛されている」って気がしないのだ。 「I LOVE 吉祥寺」なんていまさら言われてもさ、「愛」をはっきり言葉やかたちでわかるように示し続けてくれないと、全然、実感できなかったわけよ。 またあるとき、こんなことがあった。 伊勢丹の特売会場で仕事用のスーツを探していた私は、ある服を試着したのだが、あまりピンとこずに「これはやめておくわ」と店員に言ってその服を店員に戻すと、彼女はポいと無造作に私の足元に投げ捨て、私に顎をしゃくりながら言った。 「あっちにもっと安いの置いてますから」 恐らくメーカーからの派遣の店員だと思われるが、いくらなんでも客に向かってこの言い方はないだろうとカチンときた。その店員は私をおカネのない安物買いの客と蔑んだことにならないか。おまけに、そのとき私はは値段で迷ったのではなく、デザインやサイズがしっくりこなかったのだから怒り心頭だ。 思いっきりその店員を睨みつけてその売り場を去ったが、どうにも腹の虫が治まらない。 すると偶然、一階でそれなりの立場と思われる中年の社員を見つけたので声をかけると、売り場責任者だという。ちょうどいいと、その直前に投げつけられた店員の言葉について問うてみた。 「店員は親切のつもりで言ったのかもしれませんが、私にはこの言葉がとても無礼に感じられて、嫌な気持ちがした。その点について、責任者としてどう思われますか」 すると、売り場主任は慇懃な態度でこう言った。 「御不快な思いをおさせして申し訳ありません。恐れ入りますが、何という店員でしたでしょうか、その者の名前がわかりましたらお知らせいただけますか」 その言葉に、再び私は激昂した。 なぜなら、お客にとっては、社員だろうが、アルバイトであろうがパートであろうが、派遣スタッフであろうが、そんなのお客にはまったく関係ない。お客にとっては、「伊勢丹にいるスタッフ」=「ザ・伊勢丹」なのだから。 彼があの状況でなすべきことは、店員の名前を確認することではなかったはずだ。彼は、私の話をもっとよく聞き、不平不満をすべて吐き出させてすっきりさせ、嫌な気持ちを引きずらずに帰宅させることだったと私は思う。それが、「ザ・伊勢丹」の売り場責任者としてなすべきクレーム処理、リスクマネジメントの仕事の基本中の基本ではないのか。 しかしながら、売り場主任の頭にあったのは、「うちの店員ではないのだが、変な店員が混じっていたのなら、即刻派遣元に苦情を言って辞めさせる」という社内処理的な話なのだろう。その意味するところはよくわかるのだが、責任者が目の前のお客に対して決して言ってはならない言葉だ。 社内の内内の問題。なのに、売り場責任者が第一に優先したのが、お客の感情を鎮めることでも癒すことでもなく、社内的処分をどうするかだった。それが、お客にはっきり悟られるかたちで示されてしまったのだから、伊勢丹社員が目を向けているのは社内マネジメントの充実であって、お客なんてどうせ二の次なのね、そんな社風なのね・・・思わざるを得ず、と本当に本当にがっかりした。 で、私は、ついその責任者に対して「そうじゃなんじゃないか」という話しをねっとりと丁寧に申し上げたうえで、こう付け加えた。 「同じ言葉でも、東急で言われたのならこんなに嫌な気持ちにはならなかった。東急だったらより安いものを紹介してくれてありがとうと思えたと思う、でも、これが伊勢丹だったから哀しかったのだ。伊勢丹はそういう格の、そういう立場の店なのだ」と。 これは、私なりの、伊勢丹吉祥寺店への愛であり、賛辞であり、敬意の言葉だった。 この気持ちは、伊勢丹吉祥寺店にどれだけ伝わっていたのだろうか。 ともかく、伊勢丹吉祥寺店は昨日で吉祥寺の街から消えていった。 精一杯の愛と、ついに満たされなかったこの愛に対して惜別の思いを込めて言おう。 さようなら、伊勢丹吉祥寺店。 |
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