映画『ひろしま』鑑賞記

原爆投下直後の広島の生々しい姿を描いた映画『ひろしま』。
被爆した子どもたち、親を喪って孤児になった子どもたちが綴った体験記『原爆の子』(長田新・編纂)をもとに、原爆の惨状を後世に伝えたいと、日教組が主体となって、この映画の製作は始められた。主な製作資金は、日本全国の教師約50万人から寄せられた1人50円のカンパ2500万円。広島市民約8万8000人がエキストラとして参加。エキストラの中には、実際に被爆体験を持つ人も多数いたという。小道具・衣装は、広島市民から託された、戦時中の服装や防毒マスク、鉄カブト等の約4000点の資料を使用。日教組・広島市民の全面的な協力のもと、この映画が作られたのは、記憶も生々しい、原爆投下後わずか7年後の1953年のことだったというから、驚きだ。

<以下、映画の内容に触れるのでご注意ください>

動員されての作業中に原爆の直撃を受けた女学生の一団。ある者は吹き飛ばされて意識を失い、ある者の皮膚は焼けただれ、ある者は怪我をして歩くのもやっとだ。あたりには被災者の遺体があちこちに転がり、助けを求める人々がうごめく、まさに地獄絵のような悲惨な状況が生々しく再現されている。月丘夢路が演じるうら若き先生は、あまりの惨劇にたじろぎながらも火災から逃れようと、女学生たちを川へと導く。焦げた髪を振り乱し、熱傷や爆撃による怪我を負って半死半生の女学生たちを助けながら必死で安全な場所に向かおうとする。

小学校は崩れ落ち、子どもたちががれきの下敷きになる。這い出そうとするが、足の感覚がなく「オレの足、どうなっちゃったんだ」と怯える子ども。「お母ちゃん~」と泣き出す子ども。みずから動けない中で生徒を1人1人点呼して「もうすぐ助けが来るから」と励ます先生。
救護所にたどりついたものの、なすすべもなく死んでいく子どもたち。
「一緒に逃げてきて、さっきまで意識があったんだけど」と子どもを探しに来た父親に告げる友だち。
「私は食べられないからおばちゃんの子どもにあげて」と、母親の持たせてくれた弁当を差し出して倒れ伏す少女。
防空壕で子どもを抱いたままこと切れる母親。
炎の迫る中でがれきの下敷きになって「子どもたちをお願いします」と言って夫を見送る妻、泣きながら逃げて行く夫。
防火用水に焼けただれた体を沈めて亡くなっている性別も年齢も不詳の多くの黒こげの遺体。
顔が腫れあがって人相の変わってしまった父親と対面して「お父ちゃんじゃない」と逃げ出し、そのまま行方不明になる子ども。
瓦礫と化した広島市内を逃げまどう、数えきれないほどの圧倒的な数の人、人、人。
やがて降り出す黒い雨・・・。

戦意が衰えるとして、広島の惨状と、恐らくまったく新しい原子爆弾であることを知りながら、原爆投下の事実をひた隠しにしようとする軍部の愚もあぶり出す。

あまりにいたましい惨状を次から次に見せつけられ、息を飲んでただただ見つめるしかなかった。

だが、この映画の真の価値は、単に陰惨な原爆の記録として描かれていないことにあると、私は思う。

ラスト近くで、病院の庭に植えた種が芽吹くシーンがある。
すでに終戦を迎え、原爆の影響で広島には70年間以上草木が生えないと言われていた中で、種を植える。柵を作り、病院のスタッフ、入院患者らが大事に大事に見守っている。やがて1人が芽が出ていることに気付き、「芽が出たぞ~」と叫び皆が歓喜の声を上げる。
未来を描けない絶望のどん底の中で見出した、小さな希望の萌芽だった。

そして、映画は復興していく広島の街を描き出す。
人々の「生」の力強さを描き出す―――。

CGも、物もなかった時代に作られた映画だが、その圧倒的なスケール感、迫力は、核兵器が引き起こす衝撃的な真実を描き出くのに十分だ。映画人たち、広島市民たちの熱く必死な思いがひしひしと伝わってくる。
この熱い情熱の中にもまた、「希望」が感じられる。
惨劇に打ちひしがれ、立ちすくむだけではない、強く、しなやかな、人間の命の輝きをも目の当たりにすることができた。そこに大きな意義を感じた。

*******

この映画『ひろしま』のことは噂には聞いていたが、観る機会に恵まれずにいた。1955年にはベルリン国際映画賞を受賞し、高く評価されたが、あまりにリアルな表現に「反米色が強い」と大手は配給を見送り、月丘夢路、岡田栄次ら当時の大スターが出演していたにもかかわらず、ほとんど上映されず眠っていた、まさに「幻」の映画である。

広島出身の女優・月丘夢路は、アメリカ滞在中にハリウッド俳優たちがさまざまなかたちで社会貢献していることを知り、「五社協定の枠を超えてなんとか参加したい」と、所属していた松竹の城戸四郎副社長に直訴し、ノーギャラで出演したという。そして、このときの衣装をずっと大事に保管し続けていたと、上映会の後で、自主上映会を主催する映像プロデューサーの小林開さんが語ってくれた。

ところがこの映画の話を、まったく思いがけないところで耳にしたことがある。2年ほど前だったか、パナマ在住のアメリカ人の友人が「昨日、『HIROSHIMA』という映画を観たよ」と言ってきた。日本で幻の映画とされているのに、なぜパナマで?と不思議に思って聞いてみると、「パナマ市内のレンタルビデオ屋に置いてあった」と言う。当のアメリカの友人は、典型的なアメリカ至上主義者だ。「原爆の及ぼす影響は甚大だが投下はいたしかたなかった」と考えている種類のアメリカ人だ。感想を聞いてみた。
「投下直後の広島の様子の描かれ方はやや情緒的だったが、とても考えさせられる映画だった」
と言った。あの人がこの映画を観たというだけで、十分意味のあることだと思った。それと同時に、あのとき「私もこの映画を観ていれば、もっと深く話ができたのに」とずっと悔やんでいた。
この映画『ひろしま』を観ることは、宿願でもあった。
しかし、残念ながら、そのアメリカ人とこの映画について語ることは恐らくないだろう。人種問題を契機に意見が対立し、いまは友人関係にない。


上映会:2015年10月31日10時~ 立川市女性総合センターアイム
     (生活協同組合palシステム東京 映画『ひろしま』上映実行委員会

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